月紫光 GESSIKO -Ninja Mikazuki-

小説 月紫光

✶ 第一幕 旅立ちの儀式

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「以来、吉宗公の世まで、いずれの領主にも仕えず、争わず、ひたすらに世の安寧を願いながらひっそりと暮らしてきた。それは三十年前にワープした後も同様だ」

 一族は徳川八代将軍吉宗の時代から現代にワープしてきたらしい。シウン姫もそうだが、先ほど声を上げた若者らはワープ後に、現代に生まれた者たちだ。

「その間、我らが他の一族や領主に戦を仕掛けたことはむろん、仕掛けられたことも一度たりともなかった。それは、我ら一族の代々の姫に備わる神秘の力ゆえに、ほかの一族から崇められ、畏れられてきたからじゃ」

 皆が改めてシウン姫に注目する。この可憐な二十歳の姫に戦乱の世を鎮める神秘の力が本当にあるのだろうか。

「シウンがこの二十年間、修行に励んできたのはひとえに、コノヘ・アイランドに渡り、生き神アラキリヒルトの『覚醒』の儀式を受け、この世の中に平穏をもたらすためだ。姫がアラキリヒルトの儀式を受けず、したがって『覚醒』もしないと分かったら、NINJAたちは、我らを崇めたり畏れたりする理由がなくなり、いつ何時、戦を仕掛けてくるか分からない。いや、それどころか、神秘の力を授かる姫が二度と誕生しないよう、我らシガツ一族を根絶やしにしようとするに違いないのだ」

 今度は、シウンよりやや年長と思われる女性が声を上げる。

「姫が旅立たねばならぬ理由は分かりました。そこで棟梁、姫は一人で旅をしなければならないのですか? 護衛の者を付けてはいけないのでしょうか?」

 日ごろ、シウンが姉のように慕っているジタンだ。

「おお、ジタンよ、よいことを聞いてくれた。これから話そうと思っていたところだ。シウンの旅に従者を付けることは許されている」

「では、棟梁、私をその従者の一人にしてください」

 ジタンがそういうと、先ほど声を上げたダィクとフゥも我先に名乗りを上げる。

「俺も行くぞ」

「私も行きます」

 シガツ一族はNINJAではないものの、若者は男も女もそれなりの戦闘訓練を受けている。ペンハーンもシウンの従者には、気心の知れたこの三人を付けようと考えていたところだ。

「お前たち三人が名乗り出てくれて、これほど心強いことはない。ジタン、ダィク、フゥ、シウンを頼んだぞ!」

「オーッ」「オーッ」「オーッ」

 一族の全員が右手を突き上げて、雄叫びを上げた。

「シウン、これで旅の支度が整った。我が一族に代々伝わる秘剣をお前に授ける。アラキリヒルトの儀式を受ける際に必要な剣だ。決して奪われてはならんぞ」

 それは全長五十センチ、刃渡り三十五センチの女性用の小太刀だった。刃を収める鞘も、握る部分の柄も朴の木で作られており、鍔はない。遠目にはただの一本の黒い棒にしか見えないが、黒漆を塗り重ねた下地に銀彩の蒔絵で一族の守り神である●●が描かれている。刃は後の世にまで名工として名高い伊勢の千子村正の父、美濃の赤坂左兵衛兼村が鍛えた業物だ。

 その夜遅く、月が西の山に沈み、辺りが漆黒の闇に包まれると、シウン姫と三人の従者は一族が住む街を音もなく抜け出た。一族の皆は寝静まり、棟梁のペンハーン以外に見送る者のいない寂しい旅立ちだ。

 そのとき、街を見下ろす岩壁の上で、気配を消した黒い影がまるで雲のように流れ、山の奥に消えて行ったが、それに気づいた者はいなかった。シウンらの旅立ちの様子を見ていた者が、もう一人いたのだ。

 街を出たシウン一行は青梅街道を西に進み、奥多摩湖の上流にかかる深山橋を渡って国道一三九号線を進み、間もなく山梨県に入った。小菅村池之尻から山梨県道五〇八号線をさらに西に向かい、県道が尽きるところから登山道に分け入る。

 月明かりもない山道を、かすかな星の光だけを頼りに速足で登って行く。修行を積んだ者でなければ、一歩たりとも前に進めないであろう。シウンも三人の従者に後れを取ることなく、なめらかに歩みを進めている。

 一行は夜明け前に、登山道の頂上にある大菩薩峠にたどり着いた。日の出の直前のコバルトブルーの光の中で、海抜千八百九十七メートルの大菩薩峠から見下ろす甲府盆地は、雲海の底に沈んでいる。その遥か南では、雲海を突き抜けて富士山が堂々たる姿を見せている。まるで絶海に浮かぶ孤島のようだ。

 シウンは修行の一環として大菩薩峠に何度か登ったことがあったが、薄明りの中で見る雄大な風景に、改めて目を見張る。そして、感動を覚えると同時に、これからの旅路の長さを思い知らされたのだった。

 ジタンが焚火を起こして湯を沸かし、四人は簡単な食事を摂る。科学技術の粋を集めて作られた栄養バランスのいい宇宙食だ。

 束の間の食事が終わると、焚火の形跡が残らなくなるまで徹底的に始末し、迷彩柄のマントにくるまってひと時の眠りに就く。

 一時間ほど経ってジタンが目を覚ましたとき、太陽はすでに東の関東山地の山の端を離れていた。ジタンがダィクとフゥに囁く。

「監視されているな」

「ああ、四方に一人ずつ、合計四人だ」

 ダィクが答えると、地面に耳を付けていたフゥが続く。

「今のところ、襲撃してくる気はなさそうだ」

 シガツ一族のシウン姫が二十歳になり、コノヘワナキに向けて旅立ったことは、一族の集落を見下ろす崖の上から雲のように消えた斥候の情報として、一夜のうちにある流派のNINJAに伝わっていたのだ。やがて、各地のNINJAの流派に伝わるのは避けられない。

 三人の中でいつしかリーダーとなっている最年長のジタンが、身支度を整えているシウンに話しかける。

「姫、後をつけられています。気づいていないふりをしてください」

「やはり、そうか。仕掛けてくる気配は?」

「今のところは、ありません。そろそろ出発しましょう」

 シウンはすっくと立ち上がり、リュクを背負う。その出で立ちは山歩きを楽しむ普通の若い女性の服装と変わらないが、神秘性を湛えた美貌を隠すことはできない。護衛を兼ねる三人の従者も、朝日を浴びたシウンの美しさに心を奪われ、思わず見とれてしまう。

 ジタンらは気づいていないが、実はもう一人の追跡者がいた。第五の追っ手は一キロほど離れた岩陰に潜み、シウン一行の様子をつぶさに観察していたのだ。

 シウン一行は、急峻な斜面を甲府盆地に向かって滑るように駆け下りて行く。盆地の南端を流れる笛吹川沿いに進み、釜無川と合流して名前が富士川と変わる地点に差しかかるころ、一般の人々の日常活動が始まった。

 シウン一行は思い思いにハイキング用のウエアを着て、富士川の西岸を走る国道五二号線、通称身延道を南下する。普通のハイカーと違うのは、四人がオリンピック級のマラソンランナーにも負けない速さで進んでいることだ。

 四人の追跡者はそのNINJA流派に特有の戦闘服に身を包み、一般人に見つからないように、ある者は山中の獣道を、ある者はゴツゴツとした石が転がる河原をといった具合に、およそ五百メートルの距離を置いてシウン一行の前後左右を包囲して移動している。

 身延道は富士川が下流域に差し掛かる辺りで富士川を離れ、南西に転じる。その後、山梨県と静岡県の県境の田代峠を源流とする興津川沿いを下って行き、駿河湾に突き当たる。

 一行が駿河湾に到達したとき、時刻はまだ正午前。大菩薩峠からここまで百数十キロの道程をおよそ五時間で踏破したことになる。しかし、四人とも呼吸も乱れず、汗もかいていない。

「姫、ここらで少し休みましょう」

 ジタンがシウンに呼びかけ、一行は興津川の河口から海に突き出た砂洲に下りる。周囲の気配を伺うと、四人の追っ手は相変わらず五百メートルの距離を保って遠巻きにしている。やはり、すぐに襲いかかってくる様子はない。

 四人は砂洲に車座に腰を下し、朝と同じ宇宙食を食べ始めた。

「姫、この分なら今日中にコライミサキまで行けそうですね」

 ジタンがそう話しかけた直後だった。

 快晴の空が一転、真黒な雲に覆われたかと思うと、耳をつんざかんばかりの雷鳴とともに、シウンのすぐ後方の海面から大きな水柱が上がった。稲妻が波打ち際に近い海面を撃ったのだ。三十メートルの高さに達した水柱は、集中豪雨のようにシウンらの上に降り注ぐ。シウンらが気づいていなかった第五の追っ手が忍術を使って落とした稲妻だった。

 この瞬間に、これから果てしなく続くことになる戦いの幕が切って落とされたのだった。

                      「第二幕 ANDROID NINJAガモン誕生」に続く

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